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神楽は、豊作、子孫繁栄、邪気祓を意味する神事芸能で獅子を中心として行われていた。獅子の頭は常に神聖に扱われ、必ず小さな社殿に神としてまつった。この社殿を神楽屋形といい、江戸中期になると屋形そのものを神楽と言うようになった。
こうした神楽も昭和34年の伊勢湾台風によりひどく損傷を受け使用できないものが多かった。しかし、昭和30年代後半になるともう一度神楽太鼓の値を聞きたいという風潮が高まり、神楽復興の気運が盛り上がり、各地で神楽の修理が行われた。
現在名古屋市内で73台、港区では35台、そのうち南陽地区で19台の神楽が保存されている。私たち商店街近く(福田学区)には現在8台の神楽がありますので紹介します。

 


春田野
(はるだんの)

七反野
(ひちたんの)

知多
(ちた)

小西
(こにし)

小東
(こひがし)

船頭場
(せんどば)

八百島
(はっぴゃくじま)

蟹田
(かにた)

10月の祭りの神楽の風景
太鼓・獅子

「尾張新次郎太鼓」

 江戸時代から伝えられている神楽太鼓も、近年では滅びかけようとしていた。名古屋西南部地方の若者を中心に復活の気運が盛り上がり、保存発展を進めるため、昭和55年に尾張新次郎太鼓保存会が結成された。御家芸である曲太鼓は、二本のバチを笛に合わせて自由に操りながら、太鼓を連打する打法である。

「海東流神楽太鼓」

 尾張の殿様へ秋の実りを献上する際に、お城に向かう行列の道行きの笛、太鼓が現在の神楽太鼓と言われている。
 本来、二本の太鼓音楽は、リズムのみを中心としたものが多く、これに笛のメロディーを加えたものが里神楽で、尾張平野に生まれ育ったものにいろいろな曲を加えて生み出されたのが海東流神楽太鼓である。


茶屋後男獅子 七反野男獅子

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春田野


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